コラム

日本企業がDXを推進するためには

前回のコラム「日本企業のDX推進を阻害するものは何か?」では、レガシー化した従来の基幹システムの見直しを早急に行わないと、経産省のDXレポートで指摘されているように、2025年の崖から転落してしまうことをお伝えしました。今回のコラムでは、日本企業がDXを推進するためのヒントをお伝えしたいと思います。

DXが進まない理由

今やIT系メディアだけでなく、リアルなビジネスの現場においてもDXが語られない日はないといってもいいでしょう。さらに昨今のコロナ禍の状況でリモートワークが普及した現在、オンライン会議ツールや捺印のための出社が不要となる電子契約サービスなどを導入した企業の経営者が、「わが社もDX化が本格的に進んでいる」 と経済紙などでコメントしています。

DXとは一言でいうと、「ビジネスモデルの変革を、デジタル技術を使って実現する」ということになりますが、ここで強調したいのが、ビジネスモデルの変革こそがDXの目的であって、デジタル技術を使うこと自体は単なる手段に過ぎないということです。先に例を挙げたオンライン会議ツールや電子契約サービスの導入自体はDXでもなんでもなく、単に業務改善が実現したに過ぎません。

既存の業務をそのままデジタル化しても、それはDXとは呼びません。

このような勘違いは、何も経営者の勉強不足だけが原因ということだけではなく、DXをキーワードに様々なシステム提案を行っているシステムインテグレーター(SI)業界にも責任の一端があるとの指摘もあります。SIビジネスの基本は未だに人月商売であると信じて疑わないベンダーは、技術者の作業量を確保することが優先事項であり、売上が足りない場合はSI業界特有の下請構造を利用して、とにかく人をかき集めてシステム提案をすることが多々あります。

その結果、「まずは、この最新ツールやクラウドサービスを導入しましょう」と顧客の経営者に進言して、デジタル技術を使えばそれだけでDXが実現するといった方向で顧客をミスリードしていきます。

何度も申し上げますが、DXはビジネスモデルの変革そのものですから、事業構造や組織体制の見直しなどが必ず伴うものです。先のSIベンダーもビジネスモデルの変革を、デジタル技術をどう活用してビジネスモデルの変革を実現するかの観点から、顧客の経営者にアドバイスするようなコンサルティングを行わなければなりません。

また、顧客側にもDXを阻害する要因が内在しています。それは経営者が、DXとはいったい何かを理解していないということ。その経営者がDXを理解していないから、ベンダーの言いなりになってしまっているという現状があります。また、新たなビジネスモデルの構築には社内の抵抗勢力が反対するといった社内環境も原因となって、なかなかDXを前に進めることができない事情もあります。

ビジネスモデルの変革について

DXを進めるにあたって、経営者が分からないからと言ってビジネスモデルの変革の検討を現場に丸投げするのはいただけません。現場は自分たちのできる範囲内でしか検討しないので、できることはせいぜい業務の効率化や製品やサービスの品質を改善する程度の取り組みとなってしまいます。

ビジネスモデルの変革は、企業における一種のイノベーションです。企業におけるイノベーションというものは、一部門から生まれるのではなく、部門間、事業間といった組織の境界から生まれるものです。組織の境界を打ち破って新たなビジネスモデルを作り上げて、それを顧客に提供できるサービスに転換させ、さらにそれを新サービスとして市場に打って出ることで一気にビジネスをスケールさせることが、ビジネスモデルの変革というものです。

今、世界では一気にビジネスをスケールさせている、いわゆる 「ユニコーン企業」 と呼ばれる、創業から10年以内かつ企業価値が10億ドル以上である未上場の企業群が存在します。2021年5月時点では世界で700社近いユニコーン企業が存在すると言われていますが、そのうち米国は200社以上、中国も100社以上ユニコーン企業が存在すると言われています。悲しいことに、日本にはユニコーン企業がわずか10社程度しか存在しません。

海外のユニコーン企業は、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)など既に巨大化したDisruptor(破壊者)と呼ばれる企業群とは異なり、起業時から既にDX企業となっています。代表例としては、Webサイトに簡単なコードを組み込むだけでオンライン決済ができるサービスを提供する米国Stripe社や、AIを組み込んで独創的な動画共有サービス(TikTok)を運営する中国Bytedance社などがあります。

これらユニコーン企業はGAFA同様、競合企業を打ち負かすだけでなく、既存産業自体を消滅させるパワーを持っています。Googleが破壊してきた産業としてはメディア、広告業界があり、Amazonが破壊してきた産業としては小売業界が挙げられますが、ユニコーン企業は更に多くの産業を突然死させることになるでしょう。

そのパワーの源は、最新のデジタル技術であることは言うまでもありません。例えばこれから5G技術がIoTの導入を一気に加速させるでしょうし、さらにIoTの普及により現場データの取得が容易となりAIの学習速度が一気に加速するでしょう。まさにデジタル技術によりユニコーン企業のビジネスがExponential(指数関数的)に成長する可能性があります。

日本企業は、こういったデジタル先端技術を使いこなすDisruptorに無防備な状態であり、このままだと産業ごと破壊されてしまいます。日本企業がDXに今すぐ取り組まなければならない理由がここにあります。

DXに対応するにはどうしたらよいか

では、どのようにしてDXに取り組んでいけばよいのでしょうか。そのヒントについてお話してみたいと思います。

1)デザイン思考
素晴らしい独創的なビジネスモデルありきで起業するスタートアップ企業の場合はともかく、既存の企業が既存の使い古されたビジネスモデルを変革してDXに取り組む場合、どうやって進めればよいのか?今ある課題を整理して、その課題に対応する対策を個別に打っていくアプローチでは、ビジネスモデルを変革するような独創的なアイディアは到底浮かびません。これはロジカル思考の限界とも言えますが、このロジカル思考では到達できない発想をするための思考方法として開発されたのが、デザイン思考です。

デザイン思考とは一言でいうと、「ユーザーに共感することで潜在的なニーズを発見し、プロトタイピングを通してイノベーションを生み出す思考法」と言えます。ここでいう共感とは、自社の顧客であるユーザーやその周りにいる人たちを観察し、インタビューすることでその人たちになりきり、その人たちが感じている不平や不満を自分のこととして感じ取ることです。そこから潜在的なニーズをくみ取り、解決策を探していくことになりますが、解決策は具体的にイメージできる形にして検討する必要があります。それがプロトタイピングです。

プロトタイピングでは、実際に製品やサービスのプロトタイプ(試作品)を作って、それを実際に使ってみて、問題点がないかどうか確認します。プロトタイピングの目的は、試作品を通して失敗する要因を早めに見つけることにあります。具体的な製品やサービスのイメージについて試作品を通して確認し、改善点や課題点を見つけるのです。それをまた検討材料にして、完成品の精度を高めていきます。これは何もモノだけではなくサービスにも適用できます。

2)組織デザインとリーダーシップの醸成
ビジネスモデルを変革する場合、多くはその企業の組織も同時に見直す必要があります。企業の組織というものは、その企業が営んでいるビジネスの分業と調整のメカニズムとも言えますが、結局は市場のニーズに対応していくうちに自然と出来上がったのではないでしょうか?その代表例が多くの企業に採用されている事業部制です。

ビジネスモデルの変革によりイノベーションが起こると、どういう技術やサービスを、どういう市場に提供したいかに応じて、組織をデザインしなおす必要がでてきます。例えば製造業でよくあるイノベーションの事例として、技術Aと技術Bの良いところを組み合わせて技術Cを開発し、それを市場Xと市場Yの重なる市場に提供する場合があります。製造業の多くでは事業部制を採用しているため、そのイノベーション自体が組織の境界から生みだす必要があります。このような事例は、製造業以外のサービス業や小売業でも同様に見られます。

つまりイノベーションというものは組織の境界から生まれるものであり、ビジネスモデルの変革を行うには、専門に応じてサイロ化された組織間の壁を打破する必要があります。その組織間の壁を打破できるのは、その企業の経営者でしかできません。経営者がみずから先頭に立ってDXにコミットしていき、自社の組織の壁を打破して新しいビジネスモデルに応じた組織をデザインしていくリーダーシップが求められます。

またリーダーシップは何も経営者だけが持てばいいものではありません。イノベーションを成功させるためには、組織としての能力が問われることになるため、集団としてのリーダーシップも必要となってきます。つまり経営者だけでなく集団に属するメンバーもリーダーシップが必要であり、それゆえリーダーシップ自体は機能であって役割ではないと言えます。この組織機能として必要なリーダーシップは、実際には組織に所属するメンバーのモチベーションによって支えられているため、組織としてのモチベーションの管理がDXプロジェクトを成功に導くカギとなります。

3)基幹システムの見直し
前回のコラム「日本企業のDX推進を阻害するものは何か?」でもお伝えした通り、レガシー化した従来の基幹システムの見直しを早急に行わないと、経産省のDXレポートで指摘されているように、2025年の崖から転落してしまいます。従来の基幹システムは安定稼働しているため一見すると問題がないように見えますが、「技術的負債」が隠れていて、DXの実現を妨げる要因となっています。

ここで言われる技術的負債とは、短期的な観点でシステム開発し続けた結果として、長期的に保守費や運用費が高騰している状態となっていることを指します。本来不必要だった運用保守費を支払い続けることを、一種の負債ととらえています。(経産省 デジタルトランスフォーメーションに向けた課題の検討より)よくたとえ話で引き合いにだされるものとして、古い温泉旅館が挙げられます。古い温泉旅館は、長年の増築で複雑な構造となってしまい、1階のフロアが渡り廊下を越えるといきなり3階になっていて、いったい自分がどこを歩いているのかわからなくなり、旅館の案内係の人に宴会場はどこにあるのか尋ねている宿泊客をよく見かけます。温泉旅館のオーナーもなんとかしたいのですが、複雑な構造ゆえに維持費が高くつき、建て替える費用も捻出できない状態となっています。

このたとえ話を基幹システムに置き換えると、長年のユーザーからの仕様変更の要求に応えた結果、複雑な構造になってしまった基幹システムは、どこをどう変更したらどんな影響が出るか誰も把握できない状態になっています。そのため、それを維持する保守運用コストも高額となり、ビジネスモデルの変革に対応するためには基幹システムを入れ替えざるを得ないが、費用のことを考えると今すぐ実行することができない状態となっています。

基幹システムがこうなってしまった原因は明確です。それは、ユーザーの仕様要求にきめ細かく対応してしまった結果、システムを複雑な構造にしてしまったアドオンに原因があります。過度にユーザー仕様にカスタマイズされた基幹システムは柔軟性を欠き、急速に変化するビジネスニーズに対応できずに周辺システムとの連携が困難となり、その結果としてビジネスモデルの変革に対応できない状態となっています。

DXを実現する周辺システムと基幹システムが連携するためには、将来にわたって標準機能を利用し続けることを前提に、基幹システム自体のアドオンを極力排除することが必要です。そのためには、要件定義ではあえてGap分析を行わずに、ERPパッケージの標準機能を使い倒すにはどのようにすればよいかの観点でFit to standard アプローチで要件定義を行います。詳しくは、共著「経営のイロハをDX化する『開発しないシステム』導入のポイント~パッケージで、管理業務を早く・安く改善~」(中央経済社)をご一読ください。

以上、DXに対応するためには、1)デザイン思考でビジネスモデル変革のアイディアを創出する、2)新しいビジネスモデルに対応した組織デザインとリーダーシップの醸成を行う、3)アドオンを排除したFit to standardでの基幹システムの見直しを行う の3つのステップが必要であることをお話しさせていただきました。

DX支援サービスのご案内

当社イデア・コンサルティングでは、お客様のDXを支援するために、先にお話した3つのステップでコンサルティングサービスを展開しています。特に中堅企業様を対象に、テーラーメイドなきめ細かなサービスを提供させていただいています。ご興味をもった方は、当社ウェブサイト 「お役立ち資料」よりDX支援サービスに関するパンフレットが入手できます。またアンケートにお答えいただくと、「経営のイロハをDX化する『開発しないシステム』導入のポイント(中央経済社)」を進呈いたします。DX支援サービスに関するお問い合わせは 「サービス/商品に関するお問い合わせ」よりお願い申し上げます。